密教についてお坊さんに聞いてみた

 

10月末で派遣の同期が契約終了を迎え、一昨日もお手伝いに来てくれていたお坊さん1人と信者さん1人が帰って行きました。

一緒に生活して働いていた人達がどんどん人が減っていく。

さみしくなっていくなぁ。

 

と、言いつつ

実は約2週間後の11月23日

午前中の仕事が終わったらボクも契約終了となることになりました。

11月末までの予定だったけど、お客さんも減ってきたし、ちょっと早めに切り上げてオーストラリアへ行く準備がしたいなと思い、上の人にお願いしました。

21日の午後から23日の朝は今月で一番忙しい日。

最後にバリバリ働いて帰ります!

 

昨日はお坊さんから良い話を聞けた。

密教について。

なるほどなー。

なんかつっかえてた物が取れた感じ。

密教は釈迦の教えが正しいとされているわけではないのか。

やっぱり最重要視されているのは大日如来の教えなんだな。

以前お坊さん二人に密教と釈迦、大日如来の関係性を聞いたことがあったんだけど、一人には「聞く相手間違ってるよ(笑)」と言われ(笑)、もう一人には「んー…上手く言えません…勉強します…」と言われた(笑)

今回聞いたお坊さんには明確な答えを頂けたので良かった(笑)

 

ボクがなんとなく受け入れがたいと思っていた「仏教」の考えは「顕教」の教えであって、「密教」である真言宗はまた別ものだった。

そして、ボクの考えに一番近いのは真言宗の教えではないかと思った。

真言宗をちゃんと理解したわけじゃないからハッキリとは言えないけど。

でも真言宗の考えは面白い。

ウチの家系が代々信仰しているのは面白いことに真言宗。

毎朝ばあちゃんが仏壇の前で「南無大師遍照金剛」って唱えてるのを見てたけど、子供の頃は全然興味なかった。

それが何かのご縁があってか、高野山(真言宗)のお坊さんと海外で出会い、何かを感じて今こうして高野山のお寺で働いている。

これでボクが「お坊さんになろう!!」ってなったらホントに面白いけど、改めて考えて

 

それはない。

 

(笑)

修行したくないもん(笑)

 

ちなみに、ウチが真言宗だから日本では真言宗を信仰している人が多いのかなと思ってたんだけど、どうやら真言宗の信仰者は少ない方らしい。

浄土真宗が多いんだって。

浄土真宗は「拝んでいれば極楽浄土に行ける」と考える。

正直、仏様頼みの他力本願な感じがしてボクはあまり好きではない。

気候や天候など人力ではどうしようもないものに左右される農耕民族の日本人だからこそ浄土真宗の考えがウケたってことらしいけど。

 

対して、真言宗は「仏様は助けてくれるけど、自分も努力が必要」って感じの考え。

やっぱ自分自身精進しないと。

自己責任を重視してる感じだね。

ちなみに、「亡くなった方が仏様になる」と思ってたんだけど、真言宗の考えではそれは違うらしい。

「生きている今も誰もが仏様(菩薩)」なんだと。

そう言えば苫米地英人さんがそんなこと言ってたな。

生きながらにして仏か…

もっと仏様らしく振る舞えるように精進せねば…(笑)

 

やっぱり高野山来てよかったよ。

こういう話を聞きたかった。

貯金も予想以上に溜まったし、良い話を聞いて、良い経験もできた。

「高野山に行きたい!」と思って、実行したらこれだけ得るものがあった。

他にも同じように「欲望」通りに行動したら良い結果を得たって経験が多数ある。

こんなん経験上「やりたいことをやったらいい」って考えに至りますよ(笑)

ただただ会社員を惰性でやっていた頃に比べたら得られるものが桁違いに多い。

我慢も大事かもしれないけど、時には我慢なんかよりも欲望通りに動くことが良い結果を生み出す事になる。

 

ボクは基本的に重要なところは我慢はしない(笑)

人生を大きく左右する行動とか。

そこで我慢して自分を曲げたって人生に満足できないから。

小さなことであれば我慢することはある。

でも、そんなときはただ我慢するのではなく、視点や考え方を変えて、「まぁ、仕方ないか!」とか、「よし、やるしかないな!」って意識を変えるようにしてる。

ボクよく「文句ひとつ言わずやってて凄いね」とか言われるんだけど、原因はそこだと思う。

ただただボクは楽しく生きたいからこそ、どうせやるなら嫌な気分でやるのではなく、良い気分でやりたいからそうしているだけなんだけどね。

その方が楽で楽しいんだよ(笑)

ちなみに、こんな感じで「全ての物事は自分の意識次第」って考えるのが真言宗らしい。

やっぱり俺は真言宗と何かの縁がある…(笑)

いずれボクもお坊さんになる日が…

 

来ないな(笑)

 


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