存在が影響を与える

 

SnapCrab_NoName_2015-3-25_0-0-12_No-00

乙武洋匡さんに3人目のお子さんが生まれたそうですね。

おめでたい。

乙武さんを見てると「できない」とか弱音吐くのが馬鹿らしく感じる。

結局は自分がどう生きるのか。

その「決断」次第で人生は大きく変わるもんなんだろう。

こう言うのは簡単だけど、もし自分が両手両足なかったら果たして乙武さんのように前向きに生きられるのか疑問に思う。

「知っている」のと「やっている」のとでは天地の差だな。

乙武さん超カッコイイ。

 

SnapCrab_NoName_2015-3-24_23-52-57_No-00
こういうセンスも最高(笑)

障害すらネタにできるほどのメンタル(笑)

ボクもモテない事とか結構ネタとして楽しんで使ってますけど、乙武さんはさらに上を行っている(笑)

コンプレックスに悩んでる人は乙武さん見てたら自分の悩みが馬鹿らしく感じるかも(笑)

人をバカにして笑い取ってる奴よりも、自分をネタにして笑い取ってる奴の方が好き。

バカにされてもネタにして笑いを取ってしまう奴は器デカいなと思うね。


障害絡みの話で言うと、たまに障害を美化しすぎてるなと思う事がある。

テレビとか。

「ダウン症の子供は天使だ」と言う人がいる。

「ダウン症の子で良かったね。可愛いよ」とか声かける人がいるらしい。

「不幸なんかじゃないよ」とか。

ちょっと納得がいかない。

天使なんかではないし、決して「良かった」なんてことはないと思う。

それはただのエゴにしか感じない。

幸か不幸かも他人が決めることじゃない。本人が決めること。

自分が障害持ってたとして、自分がそのさだめを受け入れることができていなかったら、他人から「良かったね」なんて言われたらブチギレる気がする。

障害を持つ子の親だったとしてもブチギレるかも。

そんなもん綺麗ごとにしか聞こえない。

ポジティブであることは大事。

障害を持つ本人が幸せだと思うことは素晴らしいと思う。

ただ、他者が本人(または親)の感情を無視したポジティブの押しつけは問題。

というより、この場合テレビの影響受けて「障害者でも前向きに生きてキラキラ輝いている感動のストーリー」のようなものを考えて勝手に美談を作り出して感動という自己満足をしているだけに感じられる。

そういう脳内お花畑の奴は嫌い。

まぁ障害持ちの子供が生まれた人にはどう声かければいいのか難しいかも。

親が前向きに頑張る気であれば「応援するよ!」とかは言えるかな?

乙武さんはその存在、生き様で勇気や希望を与えられるだろうけど。

すごいなぁ。

乙武さん超カッコイイ(2回目)


俺も中高生が「早く大人になりたい!」って思うような姿を見せられる人間になろう。

将来の希望を失うような姿を見せる大人はいらない。

「学生のうちが一番幸せだから今のうち遊んどけ」とかいう大人は、ただ人生設計が失敗してるだけか、本気で生きることから逃げてるだけ。

本気で生きてたら人生はどんどん楽しくなるよ。

こういうのを背中で語れるようにならねば。

やったる。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。