宗教とお母さんの安心感

 

『宗教』について考えてたら思考が止まらないね。

面白い。

今ちょっと調べてたのが『創価学会』について。

批判と取られる部分もあるかも知れないので、あまり良くないのかなー?と思いながらも、まぁボクの個人的な意見なので、創価学会を題材に自分の『宗教』『思想』について書いてみます。

説明下手なので創価学会について詳しく説明はできませんが(笑)、創価学会は元を辿れば大乗仏教から来ているものなので、その教えは素晴らしいものだと思います。

た だ

黒い話も多く、正直上層部の人間には良い印象を持っていません。

ぶっちゃけ「矛盾してるんじゃ?」と思うことも、「いや、それはダメやろ」と思うことも結構あります。

多分そういうのが世間にも広まっていて、「創価学会員です。」という人を見るだけで毛嫌いしてる人も多いはず。

その大多数がよくわからず【創価=なんとなくヤバイ】ぐらいの認識でしかないと思いますが。

まぁ日本人の感覚から言うと【宗教=なんとなくヤバイ】っていうだけかもしれません。

おそらく創価学会の末端の人達はほとんどが「幸福」を求めて一宗教として入信し、祈っているだけの方々に過ぎないので、悪い噂があるとは言え創価学会員全てをそういう目で見るのはどうかと思っています。

断ってもガンガン勧誘してくるような人は毛嫌いされても仕方ないかなと思いますが(笑)

あとはまぁ「あなたの幸福を祈る」みたいな考えも、あまりに善人過ぎると人間って逆に違和感感じますよね(笑)

だから嫌いって言う人も多いのかな(笑)

これすっごい難しいとこなんだけど、『全ての人が他人の幸せを祈る』っていう状態は素晴らしいことじゃないですか。でも、ぶっちゃけ人間って不完全な生き物ですから、絶対に何かしら他人を裏切ったり、ウソをついたりすることだってあるんですよ。完璧な人間なんていません。

だからこそあまりにも善人過ぎると『人間味』が感じられなくて、周りの人は違和感を感じて敬遠するんですよね。

ボクも「他人が人生をより良く生きられるように手伝いたい」とは思いながらも、嫌いな人は嫌いだし、関わりたくない人だっています(笑)

口では良い事言うけど態度では示さない人とかもいるし(笑)

ボクとか(爆)

やっぱボクが偉そうに良い事言っても経験が伴ってないから相手に響かないなってことはよく感じるし、それと同じような感覚ですね。(笑)

だからこそ世界一周を通して様々な経験を積みたいなと思うんですがね。

一部の友達は「変態のお前がいくら良い事言っても…」って言うと思いますけど(笑)

 

話が脱線してきたので戻します(笑)

 

創価学会について調べていると、結構批判の声が多いんですけど、中には「それただ批判したいだけだろ」って思うものもありました。

会長の池田氏の

「本門戒壇の板御本尊、なんだ寛尊、信心の中にしか本尊はないんです、ただのモノです。」

という発言を取り上げて、「本尊をただのモノ扱いするなんて!やっぱり創価はオカシイ!」みたいな。

本尊が大事なものであることはわかりますが、所詮は物質的なモノでしかない。ボクは池田氏の「信心の中にしか本尊はない」という考えと同意見です。

宗教ってのは信仰心、『信じる心』があるから成り立つものです。

いかに本尊と言えど、突き詰めればただの物質でそれ自体に意味はないと思っています。

大事なのは『』。
何を信じ、何を思うかです。

創価学会は「信仰心があれば苦や病から救済される」といった教えがあるようですが、ぶっちゃけ信仰心があっても病気になる人はいるでしょう(笑)

そんなもん当たり前です。

ただ、信じる心があれば、プラシーボ効果で免疫力が活性化し、病気にかかりづらくなるとかってのはあるんじゃないかと思います。

それぐらい人間の思い込みの影響力は強いものですから。

 

以下、ボクの宗教や思想のまとめに入ります。

 

じゃあ、ですよ?

宗教に救いを求める人は、「信じる心が影響を及ぼす」というのを理解して、体感としてあるのであれば、別にどこかの宗教に入信しなくてもいいんじゃないかと思うんです。

色んな宗教の教えをを学んで、自分自身のベストな宗教思想を作り出してそれを心から信じれば良いのではないかと。

宗教って重いイメージがありますけど、もっと軽く考えてもいいんじゃないかと。

ボクは仏教に興味がありますけど、仏教徒ではない。

それは「いいな!」と思う部分もあれば、「これはどうだろう…」と思う部分もあるからです。

実家が真言宗を信仰してるってのもあって、般若心経や光明真言に興味を持って、「効果があるはず」と思って唱えることもありますが、ボクは真言宗に入信しているつもりはありません。

ボクはボクの都合のいいように信じるものを持っているんです。

石田久二さんの「宇宙がついてるから大丈夫!」という言葉を聞いて、「そうなんだ!」と思ったから、「宇宙が味方してくれるから何があっても大丈夫!」と信じています。

あまりスピリチュアルなことを考えない人にとっては「コイツ大丈夫かな?」と思うことかもしれませんが、実際、そういう信心を持ったことで、何か問題が起こったときでも慌てることなく、冷静な判断、行動を取れるようになってきた気がします。

「宇宙がついてるから何もしなくても大丈夫」というわけではないんです。

ボクにとって「宇宙がついてるから大丈夫!」っていうのは、安心の拠り所、行動をするときの活力剤や恐怖を取り除くためのツールみたいなもんです。

「小さい子がお母さんがそばにいれば安心する」って感じ(笑)

自分の小さい頃を思い出してみてください。
安心したでしょ?(笑)

それは「何かあったらお母さんが助けてくれる」って信じていたからだと思いませんか?

信じる心が安心を生み出すんです。

宗教やスピリチュアルの思想もそれと同じようなもんです。

ぶっ飛びすぎて怪しい人もいますけど、それは個人の程度の問題です(笑)

宗教のような思想はうまく使えば必ず自分にとってプラスになると思います。

以上、長々とお疲れ様でした(笑)

ここまで読んでいただき、ありがとうございました(笑)

 

↓石田久二さんの書籍。オススメです!


 


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