貪欲になれ

 

ボクは仏教に関心はありますけど「仏教徒」とは言いたくないんですよ。

釈迦の教えは素晴らしいものが多いとは思っていますが、全てに納得しているわけではないので。

仏教には人間を一番苦しめる『三毒』という概念があります。

貪りの心
怒りの心
愚痴の心

の3つであり、まとめて貪瞋痴(とんじんち)と言います。

この一つ目の『貪りの心』。
これに若干納得していないんです。

確かに、欲を持てば苦しみが生み出されるということは分かります。

「欲しい!」と思っているのに手に入らないとツライですよね。

つまり、逆に言えば欲を持たなければツラさを感じることはない。

だから「欲を持つな」と釈迦は教えるわけです。

言ってることは正しいし、理解できる。

この教えは「悟りを開いて仏となり、この世の苦しみから抜け出したい!」という信仰心の強い人にはとても重要な教えだと思います。

しかし、ボクは「欲があるからこそ人間は成長できる」と考えます。

「欲しい!」と思えば苦しみが生まれるでしょう。しかし、そこで「欲しいものを手に入れるまで頑張る」という行動をとるから成長するんです。

苦を無くすには欲を満たせば良いわけですし。

「欲には底がないから、欲しいものを手に入れればまた新たな欲を持つ。だからそれでは永遠に苦を無くすことはできない。」

と言う考えもありますが、だったらまた頑張ればいいだけです。そうすれば欲も満たせて、さらに成長出来ます。

物質的なものだけではありません。感情的な欲も同じです。「異性にモテたい!」と思ってファッションに気を使ったりしますよね。

まぁファッションを良くすることが成長なのかと考えたらちょっと哲学的な思考に走っちゃう自分もいますが、ファッションを磨くためには雑誌とかで勉強するでしょうから、その人なりには成長していると言っていいはずですよね。

欲がないのに成長しようとする人はいません。

ここでひとつおかしなことに気付きませんか?

修行僧の「悟りを開きたい!」という感情も欲ではないのでしょうか?

悟りを開くためには欲を持つな。でも悟りを開きたい…

『仏教徒のジレンマ』と呼びましょう(笑)

で、

まぁボクは何が言いたいかと言うと

貪欲になれ

ということです。

もっともっと欲深くなろうよ! と(笑)

夢を語る人少ないな!! と(笑)

と言うより、夢がない人が多い気がします。

最近同級生に夢を聞いたら、「俺は今みたいにコツコツ働いてフツーに生活できたらいいよ」って答えが返ってきました。

彼は「金がない」「休みがない」と愚痴を言う事もある。

でも、現状で良いと。

本音ではないはず。

もっとお金が欲しいはず。
もっと時間が欲しいはず。

でも言わない。夢を語らない。

不労所得という収入の形の話をすると、「何それ?そんなのあるの?」と言う反応。

欲を言わないから、求めないからそういう情報は入ってこないんですね。

自分で自分に制限をかけている人が多い。

「自分には出来ない」と思い込んでいる。決めつけている。

「出来ない」って諦めたらそこで終わり。

出来る方法があったとしてもその方法に気付くことはできない。

スコトーマになってるから。

欲しいものは「欲しい」って言わないと手に入らない。

『出来る・出来ない』なんて考えなくていい。

欲しい・欲しくない』で考えようよ。

「欲しいけど、それが手に入るほどの幸せになったら、何か悪いことが起こるかもしれない…」

って言う人もいます。

幸せになり過ぎたら悪いことが起こるなんて因果関係は全くありません。

そういう体験をした人は、そういう考えを持っていたから、悪いことが起きた時に「あの時良いことがあったからだ…」とムリヤリ原因に結び付けてしまっているだけなんです。

欲深いことは悪いことではない。

夢を語って笑う奴は本当の友達ではない。

夢を語ることを怖がるな。
欲しいものは欲しいと云え!!


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