真理の言葉

 

「真理の言葉」といった意味の『法句経ダンマパダ)』は、原始仏典の一つで、釈迦の語録の形式を取った仏典。

その中にあった言葉

怠りなまけて、気力もなく百年生きるよりは、
堅固につとめ励んで一日生きるほうがすぐれている。


ベンジャミン・フランクリンも似たようなことを言ってる。

長生きしても人は満足しないかもしれないが、
充実した人生には満足する。

長く生きることが重要なのではない。
どれだけ充実した人生を送れるかが大事。

昔は家にいる間はずっとテレビをつけてました。

テレビを見ながら携帯ゲームをしたりとかも。

しかし、時間の重要性に気づいてからは殆どテレビを見なくなったんです。

自分の部屋のテレビは友達に譲りました。

テレビって無いなら無いで全然平気なもんですよ。

今までテレビを見ていた時間を読書に充てるとかすれば、人生が変わるきっかけになったりするんじゃないでしょうか。

確か機能脳科学者の苫米地さんが言っていたんですが、殆どのテレビ番組は小学校3年生(?)が理解できる程度のものでしかないそうです。

いつまでそのレベルに時間を使うのでしょうか?

時間を浪費するな、
人生は時間の積み重ねなのだから。
~ベンジャミン・フランクリン~

勉強は学校を卒業したら終わりじゃありません。

勉強は一生するものなんです。

 

ダンマパダからもう一つ。

物事が興りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりも、事物が興りまた消え失せることわりを見て一日生きることのほうがすぐれている。

以前メメント・モリについて書きましたね。

「自分が必ず死ぬことを忘れるな。」
って感じの意味でした。

死を意識すれば、より人生を充実したものにしようという考えが芽生えやすいのではないかと思います。

人生はただ一回きりである。
あの世などどうでもよい。
単なる安穏無事な生活を送るより、
この世で何事かをやり遂げようと
冒険を試みる方が人生に相応しい。
~セオドア・ルーズヴェルト~


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